この日記は『節約やりくり生活』の運営の中で体験したこと、思ったことや雑談などを描いていきたいと思います(^_^)v
2025-07
- «
- 1
- 2
- 3
- 4
- 5
- 6
- 7
- 8
- 9
- 10
- 11
- 12
- 13
- 14
- 15
- 16
- 17
- 18
- 19
- 20
- 21
- 22
- 23
- 24
- 25
- 26
- 27
- 28
- 29
- 30
- 31
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
娘が風邪をひいて5日が経ちます。
私もうつらないように気をつけていたんですが 主人と娘のダブル攻撃でとうとうひいてしまいました。 本当に家族全員風邪ってキツイです。 治りかけてもうつされて 看病もしなくてはいけなくて・・・・。 ![]() 娘なんて昨日は「ゴホゴホ」と何度も 咳き込んで 「肋骨折れたらどーしよー」 なんて心配しました。 昨日は本当に辛くて 主人が 「(娘の)面倒は見るからいいよ」 と言ってくれたので 夕方6時半に横になったら (早っ!) なんと主人も布団に横になり始め 電気を消し、娘を強引に寝かせようとします。 娘は嫌がり、泣くので 結局私が(布団の中で)抱っこして まもなく娘も寝ました。 ・・・・そこまでは良かったんですが 娘を早くに寝かしすぎたため 夜中の2時に起き出し 「ぴぎゃ~」 ![]() ![]() 抱っこで再び寝かしつけましたが 寝不足です。 昨日よりは体調がよくなったので ずっと気になっていたブログを書いています。 たった2日でも、気になるんですよね。 あぁ、ブログが打てる健康な体ってス・テ・キ。 ランキング参加中です ![]() ![]() PR
ぽにー家、只今風邪で全滅です。
![]() (一番ひどいのは主人です) 一番虚弱体質なぽにーが奇跡的に 軽いのですがトライアングルみたいになっていて なかなか風邪が治りません。 娘なんて、鼻水ダラダラたらして 咳もコンコン言ってって可哀相です。 早く治るといいのになぁ。。。。 少し前にサイト巡りをして、あるHPにたどり着きました。 「ななみちゃんを救う会」です。 6ヶ月の七海ちゃんは、生まれた時から腎臓が1つしかなく その腎臓も形成不全で、腎臓が機能せず、心不全などを 起こし何度も何度も入院しています。 治療法は渡米しての移植。 でもそれには9000万という莫大なお金が必要になり、 七海ちゃんもあと余命1ヶ月という 大変な事態になっています。 私、このHPでお父さんの手記を読んで 思わず涙が出てしまい わずかばかりのお金ですが募金させていただきました。 昨日のHPでは 募金額が5000万ほどだったのに 今日見てみたら 予定額の9000万突破!!! 日本もまだまだ捨てたものじゃないな、と感動しました。 ![]() 七海ちゃんが無事に日本に帰ってこれますように・・・・。 あんな小さな体で透析している姿は 想像しただけでも辛いものです。 私思うんですが なぜ日本では移植できないんでしょうか。 日本にだって優秀な医者は沢山いるし 移植すれば助かっただろう命も 莫大なお金がかかるために、亡くなった方も沢山いると思います。 これ本当に何とかならないものでしょうか。 ランキング参加中です ![]() ![]()
どうやらマンガ家になる方法は色々あるようです。
・アシスタントになる ・出版社に直接持ち込む ・賞に応募する 一番近道なのは マンガ家のアシスタントになること。らしいです。 技術も磨けるし、好きなマンガ家のアシスタントになれれば これは願ってもないチャンスです。 ってことで 私、ぽにーは中学3年生の頃 鳥山明氏に1通の手紙を書きました。 ![]() 10年以上前の話なので、詳細は覚えていませんが 何やら、中国人風の女の子の絵を同封し 「弟子にしてください。そしてこの女の子のキャラクターを マンガに登場させてください」 ・・・・的な内容で送りました。 ![]() なぜかその時の私は自信満々。 この絵を見てきっと採用してくれる、と信じていました。 さらに手紙には 「きっとお忙しくて返事ができないかと思われますので ジャンプの一番後ろ(マンガ家達のコメントのページ)に 今から書く合言葉を書いてください。 そしたらまたこちらから連絡します」 なんと一方的な手紙・・・・。 この手紙を出した日から そわそわして、次のジャンプの発売日には まず一番後ろのページから確認しました。 ・・・・が 私の書いた合言葉が載ってません。 かなりヘコみました。 ![]() でも、来週かな?来週かな? と毎週、ジャンプを買っては落ち込み・・・ 終いには手紙を出したことさえ忘れてました。 あの時の無礼な手紙は私が書きました~。 って覚えてないですよね。 続く・・・・ ランキング参加中です ![]() ![]()
漫画家を目指して気付いたんですが
結構マンガ家志望の人って多いんです。 中学の頃はだいたい マンガか芸能人、どちらかにはまる人が多かったですね。 私は完全なおたく少女でした。 ![]() 「マンガ家になるぞ~」 と心に誓い、早速両親に言ってみると 返って来た言葉が 「甘い。甘い。どれだけの人がマンガ家目指してると思ってるの? 世の中には絵の上手い人がいっぱいいて プロになるにはほんの一握りだよ」 な~んて言われて 私、火が付きました。 よっしゃ~。 見返してやる~。って。 で、毎日毎日意地になって絵を描くんですが ここで弟登場! ![]() 弟って存在はなんでこう生意気なんだろう? って思えるくらい、私が絵を描いてると 冷めた目で必ずのぞきに来て 「なんで女しか描かないの?」とか 「いつも正面の絵じゃん」とか 「動きがない」 「手が変」 グサッ。グサッとくることを平気で言ってくるんですわ~。 ![]() まぁ当たってはいるんですけど・・・。 この時は気付きませんでしたが 漫画家に必要な物が 他にいくつも足りないことを、後になって気付いたのです。 続く・・・・。 ランキング参加中です ![]() ![]()
私、昔は漫画家を目指していました。
きっかけは小学校2~3年の時。 ドラゴンボールに影響され 「こんな面白いマンガがあるんだ~」 ドラゴンクエストのキャラクターの魅了され 「こんなかっこいい絵が描けるなんて~」 鳥山明ワールドにすっかりはまり 来る日も来る日も 鳥山明の絵を真似して描いていました。 ![]() 本格的にマンガ家を目指したのは 中学1年生になってからです。 毎日1枚絵を描く・・・を目標に 家に帰ると真っ先に絵を描いていました。 どうやってマンガを描くか・・・ なんて本で勉強して 少年漫画はどうやら、Gペンで描くらしい・・・ということを掴み (今は分かりませんが) まずはGペンと墨汁を買ってきて 腺の練習から入りました。 これ以外と難しいんです。 私が左利きのせいかもしれませんが 鉛筆のようには描けなくて。 中学生の頃、同じようにマンガ家を目指していた友達がいて よくその子の家で絵を描いていましたが 友達のお姉さんに言われてしまいました。 「鳥山明を意識してるね~」 これはショックでした。 好きなマンガ家に似てるといわれたら うれしいかも知れませんが この時、ぽにーは生意気にも 「鳥山明と同じ土俵で(ジャンプ)マンガを描くぞ」 とはりきっていたので、 真似ではプロになれませんものね。 がんばって 絵を改造しました。 今まで書いていた絵を壊し、自分の絵にするのですが なかなか大変な作業でした。 友達が 「一人の人の絵ばかり描いていると 絶対似てくるから、色々な人の絵を真似していけばいいよ」 なんて言ってくれましたが その時の私の目標は 鳥山明ただ一人だったので(生意気ですね・・・) もうとにかく改造じゃ~と改造に明け暮れました。 芸能人は目が命!ですが 絵も目が命!ってことで 目を思いっきり改造して 私だけの絵に何とかすることができました。 「これで連載間違いなし」 思い込みの激しい、中学生でした・・・・。 続く・・・。 ランキング参加中です ![]() ![]() |
|